2005年 08月 18日 ( 1 )
銭湯の本
お客様から銭湯の本をいただいた。銭湯の本_e0048332_7495116.jpg
「お母さんと行ってみたら?」
そう言いながらタウン誌を二冊取り出して手渡してくださった。
休憩の合間にお席に座って、パラパラめくりながら話をしていたら、
隣のテーブルの方が「それいいよね。時々読んでるよ」
けっこう有名誌なんだそうだ。
(そういえば、板前さん達も仕込みが終わってお店が開くまでの時間 
わざわざ銭湯行ってたっけ。)
みんなで、あ~だ。こ~だ。わいわいと盛り上がって、おかげ様で話のネタにも困らず楽しく過ごさせていただいた。

帰宅後、起こしてしまった?起きて来た?母に一日の説明しながら中を開いてみる。
一冊は私の住まいの近くの銭湯が掲載されているもの、もう一冊はリハビリの特集の号だった。
「母の身体を気遣って選んでくださったんだ。。。」銭湯の本_e0048332_8165175.jpg
改めて気がついた時、とにかく嬉しかった。 誇らしかった。
(母の病名はリュウマチ・膠原病。元来病弱だが既に四度入院している)
私は眠そうな母に話をする。
「今日だって、お母様お元気?と何度も聞かれたし、
○○さんは、帰る時に決まって「お母さん、大事にね!」と声をかけてから帰ってゆくんだから・・・」 (その○○さんは、足が痛くて、目で見てすぐ判る程腫れた足に靴を履いて杖をついて歌を聞きに来てくださったのだった。保護者感覚+責任感もかなり混じっているようで・・・さすがに申し訳なくていたたまれなくなってくる。。。だって、そんな状態だと私が知ったのは、その日の3回のステージも終わって彼が帰る時だったのだから。。。いつも○○さんは私より先にいらしてくださって、私が彼と話をするのはいつも最後のあとまわし。その日もまだロクに話もしていないままなのだ。本当にごめんね。いつもありがとう。くれぐれもお大事にネ!)
銭湯の本_e0048332_9273420.jpg私の歌を聞きに来てくださる方達は、こんなにママの事を心配してくれているのだと、自分の親孝行の足りない分を補ってもらうかのように私は母に話す。 だって、これが回復へと繋がってゆくのだから。
母のような病は治ろうというエネルギーを自分で発しないと薬だけでは治らないし、逆に悪くなるのはあっという間だ。
本当に昔から言われているとおり。病は気から!
この言葉は私のような人間の仮病を戒めているだけじゃなく、一理も二理もある言葉なのだ。
もちろん、そんな事だけで病魔が見逃してくれるなんてこと、あるわけがない。あくまで現代医学+αの話だ。
歌う事もスポーツも鍛えあげられた肉体と精神力+αが整って初めてコントロールできない位の強い現象を起こす事ができるのだと思う。人間の肉体はまだ不思議がいっぱいだ。そして、その大きな源は同じようなところにあると思えて仕方がないのだ。
病人の心を明るくし、やる気を起こさせ、治るような気になったところで、ようやく病気と闘う体制が整ったと考えたほうがフェアなのだ。

幸いな事に母は多分私よりファンが多いと思う。とにかく人に好かれるのだ。
デパートで服を選んだりしていると同じものを欲しがる人が現れ、和服の人だった母の洋服のセンスはイマイチなのに仲良さそうに選んでもらったりしている。
三越の食堂横のバーゲン会場のワゴンの前に立たせておくと傑作だ。大したものだと感心する。
知らない人が嬉しそうに母に話しかけている。
外を歩けば、鳩が追いかけてきて帽子の上にまで乗っかってくる。
ゆっくり歩いていると、どんどん数が増えてくるのでうかうかしてたら大変だ。
これがスター性というものなら、母にあって私には与えられていない決定的、致命的な違いだ。

けれども母は言う。自分の性格は芸事には向いていないのだと。
そして、趣味は?と聞かれると「お掃除」と答える。アンケート用紙にもそう書いているようだ。
そして自分の病気を治す為のエネルギーも愛情も全部私に注いでしまうのだ。

私はいつも ・・・してもらうばっかりだ。
by mariko-sugita | 2005-08-18 07:48 | 雑記 miscellanea