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イヴ・モンタン [YVES MONTAND]
20世紀を代表する名曲 「枯葉」は、映画 「夜の門」の主題歌で、
この人が何年も歌い続け、世界的なスタンダード・ナンバーにまでなったなんてこと、
もう、殆どの人は知らないのでしょうか。
TVドラマ等にも出ているらしい女優さんが、「アラン・ドロンを知らない!」と言ってたくらいですから・・・


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実は、10年程前まで、私はモンタンが苦手でした。
役者としても、あの独特な身体の動きが妙に鼻についてイヤだったのです。
イヤだったので観ないままでいた彼のフィルム・コンサートを、大画面で観なくてはならない仕事があって、
コロッとマイッテしまった。。。「あぁ! なんて素敵なの!」

シャンソン歌手エディット・ピアフに見出され、ピアフ伝説の1ページに刻まれる愛人となったイヴ・モンタン。
フランス映画を代表する大女優シモーヌ・シニョレと結婚した後、
ハリウッド映画 『恋をしましょう』 でマリリン・モンローの相手役に抜擢され、
当時、アーサー・ミラーと一緒だったマリリンとド派手な浮き名を流し、
シモーヌ・シニョレを自殺未遂にまで追い込んだ 「世界の恋人」イヴ・モンタン。
数々のロマンスを囁かれながらも、シニョレが亡くなるまで30年以上おしどり夫婦として添い遂げ、
その2年後、65歳にして38歳下の秘書との間に初めての子供をもうけ、世界中を仰天させたイヴ・モンタン。
夏には燃えるような恋をしても、秋には散ってしまう・・・ 恋愛の儚さを「枯葉」のメロディにのせ歌ってきたイヴ・モンタン。

91年11月、心臓発作を起こし パリの病院で亡くなった彼を、フィガロ紙はこう評したそうです。
「モンタンのいないフランス――それは過去の思い出に生きる寡婦」 と・・・ 70歳でした。

彼の死後の大スキャンダルについて、新聞にかかれた何行かを読んだだけだったので、
この際、ググルッてみました。

彼の死後まもなく、元女優アンヌ・ドロッサール(・・・って誰?)の娘オーロールが、
彼の実子かどうか・・・裁判が始まります。
モンタンは生前、認知はもちろん、血液鑑定も拒否していたのですが、
第一審ではオーロール本人がモンタンに似ていることが決め手になり、実子と判定されます。
これによって、モンタンが生前正式に認知したシモーヌ・シニョレの娘で養女となったカトリーヌと、
68歳の時に生まれた子供ヴァンサンらの半分の遺産を相続することとなったのです。
が、故人の意思に反している事を理由に判決を不服とした遺族は控訴。
ついに遺体を掘り起こしてDNA鑑定を行うというパリ控訴院の決定が下り、
ペール・ラシエーズ墓地に眠るモンタンの遺骸が掘り出されて、
三人の鑑定人によって個別にDNA鑑定がおこなわれました。
その結果、オーロールはモンタンの娘ではなかったと驚きの真実が判明。
だがしかし、「遺体の歯はモンタンのものではなかった」とDNA鑑定そのものの信憑性が疑れ、
争いは今もって続けられているということでした。
あぁ。嘆かわしや。 いくら世界の恋人でもゾンビじゃコワイー。 

映画 かくも長き不在の主題歌 「小さな三つ音符」の為に、このCDを引っ張りだしたのですが、
結局全部聴いちゃいました。

タハハッ・・・このCDにも入っていますが、私がコロッとマイッテしまった。。。その時の曲に、
『LA BICYCLETTE 自転車乗り』 というピエール・バルー/フランシス・レイの作品があります。
ポレットという美少女に恋してる少年達のお話なのですが、
早いテンポで淡々と刻まれる曲調が、自転車に乗って風の中を駆けてゆく子供たちの様子を
活き活きと表していて、可愛らしくて素敵な曲なのです。
でも、今日は赤い自転車で早朝の高原の坂道をかけてゆく誰かさんの様子が浮かんでしまってぇ・・・
エ~ン・・・『赤いママチャリのり』 かいな。

p.s 今日は、お昼の11:45からのMIKAKOちゃんのランチタイム・コンサートを聴きに、
初台のオペラ・シティへ行ってきました。 なんとタダ!無料なんですよ。
クリーム色のドレスがとってもよく似合ってました。
オリジナルの「鳥になって」いい曲ですね。ミュージシャンのコーラスもキレイで印象に残りました。
Bassの和田さんが歌うところを初めてみてしまって・・・嬉しくなっちゃいました。
by mariko-sugita | 2006-07-26 01:56 | 音資料 CD | Comments(0)
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