<< 『シャンソン・ド・パリ』のエッ... これ、私じゃないの >>
螢月
e0048332_8325933.jpg

e0048332_8332639.jpg

昨日テレビに(空間)デザイナーの杉本貴志先生が出演なさっていた。出演というか先生の偉業を紹介する為の一時間番組だ。私は一時期歌の世界を離れ、きき酒師の資格を取り、日本酒バー&レストラン螢月Hotaruzukiという名の店をもった事がある。今から6年程前だ。そして、その作品や思想に惚れ込み、店のデザインをお願いしたのが杉本貴志先生だった。おそらく先生がうちのような小さな個人経営の店舗デザインを手掛けるのは、これで最後になるだろう。とスタッフの方もおっしゃっていたが、今考えてもよく引き受けてくださったと思う(笑) 
私は、最初の3年間はほとんど毎日店に出ていたのだが、夜行性の大人の楽しめる店が近所になかったので、朝5時迄という自分で決めた営業時間のハードさから身体を壊し(もともと胆嚢を摘出していたのに飲みすぎた為と年齢のせい?)最後は従業員と母にまかせっきり。何より、ちょうど店を始めたばかりの頃に今の音楽事務所の社長が、「歌をやめてしまうのはもったいないから・・・」と絶妙にズレたマズいタイミングで声をかけてくださり、なにしろ相手は私がクラシック以外の道をを志した頃から憧れ、尊敬している前田憲男先生のマネージャーで、その前には岸洋子さんのマネージャー。話をした頃は佐藤しのぶさんのエグゼクティブ・プロデューサーをしていた人だ。私が断れるはずもない。途端に店を守ることより自分の身体を整えることの方が大事になってしまったのだから困ったものだ。そもそも、家屋も店舗もCDも楽しいのは出来上がるまでの時間で後は忍耐と努力の積み重ね。それに分離の年まわりだったのか、私にとって最も長い年月を一緒に過ごした兄弟姉妹のような、ごく身近な友人達がそれぞれの理由で一斉にバラバラの道を歩む事になったのも一因になった。みんなが側に居なくなって、今までどんなに私を助け支えてくれていたのか一人骨身に染み渡る。しかし誰も東京に居ないのだからどうにも仕方がない。そうして、それから3年間、私は明るいヒキコモリ生活へと突入し、仕事以外殆ど家から外に出る事が出来ずにいると言うわけだ。せっかく杉本先生に手掛けていただいた店なのだが、昨年の暮れにすぐ近所の会社の社長さんで、螢月の売り上げNo.1だった方に借りていただくことになり、一安心。しかし杉本先生のテレビを観ていて思ったのだが、同じことは金銭的にも肉体的にも、もう二度と出来ないだろう。ひょっとして、とんでもないものを捨ててしまったのではないだろうか?多勢の方に足を運んでいただき、あれだけ多くの本などにも載せてもらえるような店を、未だに売れない歌を理由にポンと手放してしまって良かったのだろうか?後悔の気持ちに襲われそうになる。それにアノ頃の私はもっと強く、傲慢、生意気で、エネルギッシュだった。今とは性格も体型も別人のようだと自分でも思う。これはただ年齢のせいだけなのだろうか。。。 う~ん?とにかく同じ杉田だからといって自分で自分を負け犬と呼ぶような仲間入りだけはごめん被りたい!ものだ。
by mariko-sugita | 2005-09-19 08:12 | 雑記 miscellanea
<< 『シャンソン・ド・パリ』のエッ... これ、私じゃないの >>