カテゴリ:コラム column( 5 )
林真理子さん
私は普段、雑誌や週刊誌の類を買って読むという習慣が無いので、
美容院へ行くと、その時間に、雑誌をけっこう一生懸命に読むようにしている。
でも美容院では眼鏡が掛けられないので、細かい文字を読むのには、
かなりしかめっ面になってしまうのだが・・・それでも、読む。

数日前、林真理子さんのコラムを読んだ。

私は自分が太っているせいか、同じ類の女性は(←失礼)なんとなく避けてしまっていたようで、
ましてや、名前も真理子と真理子。名字も林と杉だしねぇ、
まぁそこそこお金もかけ、体型も、ファッションも気にしているくせに、
それよりも何よりも、『食』という欲に勝てずに、そこに幸せを見いだしてしまっている感じ、云々で、
今まで、彼女の本を読んだことがありませんでした。

でも、今回の林真理子は、面白かった。

内容は、メトロポリタンオペラを見る為に、
山手線に乗って、上野の東京文化会館へ出掛けてゆくお話なのですが、
 
あ〜そうそう。そうなのよ。あはは〜〜 声を出して笑ってしまっていた。

服装のことから、靴選びのこと。
階段の登りは得意で人よりも自信あるのに、降りる段階になると急にダメ子になるところ。

 これは老化現象なんだって〜
 私は胸が大きくて足下が見えないから・・・と言って、
 ここ数年、パリ祭の舞台で、歌いながら階段降りるのを免除してもらっている身なのですが・・・

もう頷くことが多くって、なんだかとっても嬉しくなってしまったのだ。

たった2ページのコラムで、いっぺんに、この人が好きになってしまっていた。

才能あるんだなぁ。。。文字の力恐るべし。なのである。
不思議なことに、一度好きになってしまうと、
急に彼女の顔が愛らしく思い出されてきたのでありました。


 


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by mariko-sugita | 2011-08-01 02:10 | コラム column | Comments(10)
深緑夏代先生ありがとうございました。

9月3日の木曜日は、ウナ・カンツォーネの出演日でしたが、
お店に入る前・・・夕方6時から青山斎場へ、深緑夏代先生のお通夜へ行ってまいりました。
深緑先生は、私がシャンソン歌手になるきっかけをつくってくださった方。 私の師匠です。

お通夜の会場で、お焼香の順番を待ちながら、私は・・・
不義理を重ねた歳月を飛び越えて 、
歌い始めの頃のことなど、いろいろなことを思い出しておりました。
忘れていた記憶、先生の言葉、ピアノの音色、ロッキングチェアー、ピンクの膝掛け・・・
それは 人間の脳の不思議を感じてしまうほど細かな風景までもが、
凄い勢いで蘇ってきたのでした。


先生に初めてお逢いした頃の私は、暫く音楽の世界から離れていて、
人並みに花嫁修業をしに池坊学園に通ったりして、それはそれで楽しく過ごしていたのですが、
でもやっぱり楽譜を抱えていた頃の生活が恋しくて・・・
そんな時にふと目についたのが、西武コミュニティカレッジの
深緑夏代シャンソン教室だったのです。
最初のレッスンの後、すぐに先生のご自宅まで個人レッスンに伺わせていただくようになって、
そのままシャンソンの世界に入り、今に至ったというわけなのです。

初めてパリへ行ったのも、先生と一緒!・・・深緑門下生の旅行でした。
宝塚歌劇団のレッスンにも連れていっていただきましたよね。 
まだ木造の校舎の頃で、どこもかしこも伝説の通り磨き込まれていて、
なんとも独特の美しさでした。
でも先生と一緒だと、せっかく廊下や階段でタカラジェンヌの方とすれ違っても、
皆さん90度で?キッチリお辞儀をしてくださるので、どなたのお顔も見れませんでした。

あれから・・・怖ろしいほどの時間が流れてしまいましたよ・・・先生。


小さな身体に渾身の力を込めて歌っている先生のご遺影を見つめながら、
私は何をしてきたのかなぁ。。。
これからどうなってゆくのだろう。。。
そんなやるせない気持ちや不安を投げかけてみたりしておりましたが、
全てを打ち消すように、背中を押してくれたのは、いつも先生が私に掛けてくださっていた言葉・・・

「お勉強しなさいよ! とにかく、いっぱい勉強しなさい!」

これって・・・深い言葉ですね。。
先生が亡くなられて、初めて気がつきました。。。





 


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by mariko-sugita | 2009-09-04 00:35 | コラム column | Comments(0)
犬が飼い主に似るのではな~い
今日は11月11日=11・11=ワンワン・ワンワン
・・・で、今日がホントの犬の日なの?
1月11日とか、11月1日も、犬の日だったような・・・?

それはさておき・・・
私はずっと前から感じていました。
犬が飼い主に似るのではな~い。
飼い主が、飼い犬に似てくるのだと・・・・
だから・・・
私は、細い犬が好きなの・・・ 違うっでしょっ・・・


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↑写真は、私の若かりし頃の愛犬、アフガンハウンドの「チャマハ」と・・・
欲しくて欲しくて欲しくて・・・飼ったのですが・・・
トリミングとお散歩が大仕事でした。
お散歩は本格的な真っ赤なサイクリング車でビュンビュン飛ばさないと、
チャマ君の欲求は満たされないのですよ~
「チャマハ」という名は、子供の頃に読んだ本「アイヌ犬チャマハ」から付けたもので、
アイヌ語で宝物という意味です。
ほとんど、チャマ君と呼ばれており、
ご近所では、(あまりにナヨナヨとしていたので・・・)
オカマ犬と呼ばれておりました。。。
by mariko-sugita | 2006-11-11 01:07 | コラム column | Comments(4)
ハエトリグサ
子供の頃、いくつか食虫植物を買ってもらったことがありました。
なかでも、2枚貝のような・・・トラバサミにも見えるような・・・ 
「ハエトリグサ」がお気に入り・・・
観察・実験ごっこの対象になってもらってました。


e0048332_7402365.jpgまず観察。
虫を捕らえるところが見たいが為・・・
我が身を囮にして、蚊やハエをおびき寄せつつ・・・

ひたすら待てど虫さんは捕まらず・・・

観察から実験へと方向転換する

まず・・・ つまようじ でコチョっと触れたりしてみる。

反応なし

しつこく、手を変え品を変え・・・触る・・・ 触る・・・

反応なし
反応なし
反応なし

刷毛で虫らし~く、極々ソフト・タッチ・・・

のっそ~り、音もなく動いて そして 静かに閉じた! ヤッター!!

再び観察・・・ あ~気になる。だって中はカラなのに、ずっと閉じたままだよ

蚊?を捕まえて、生きてるふりをさせエサを与えようとしたが、無反応・・・

一日中、かかりっきり・・・(こういう性格だった・・・)

約一週間後・・・ ハエトリグサに すっかり学習されてしまい、相手にされていないことを悟る。

私 ずっと、ハエトリグサには学習能力があるのだと思ってたら・・・
「ウィキペディア」に、こんな文章が載っていました。

葉を閉じる行為は相当なエネルギーを消費するため、
いたずらに葉を閉じさせ続けてしまうと、葉はおろか株全体が衰えて終いには枯れてしまう。


・・・疲れていたのね。

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ハエトリグサって正式名称だっけ・・・?
詳細は→ フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(以下抜粋・・・)

"ハエトリグサ Dionaea muscipula" (別名:ハエトリソウ、ハエジゴクは、北アメリカ原産の食虫植物。葉を素早く閉じて獲物を捕食する姿が特徴的で、ウツボカズラと並ぶ有名な食虫植物である。
英語の"Venus Fly Trap"(女神のハエ取り罠)は、2枚の葉の縁の「トゲ」を女神のまつ毛に見立てたことに由来する。
また、パックンフラワー等、凶暴性を持つ植物のモデルであることが多い。

・・・しかし、同じ種の名前なのに、女神のまつ毛×ハエジゴクって・・・ メルヘンしすぎ!×リアルすぎ!・・・(笑)

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・開いた葉の縁には多くのトゲが並んでおり、
・葉の内側には3本ずつ(4本のものもある)の小さな毛=感覚毛が生えており、
・その感覚毛に虫が2回触れると、1秒足らずで葉を閉じる。
・葉を閉じるのに必要な刺激が1回ではなく2回なのは、近くの葉が触れた時などの誤作動を防いだり、獲物を確実に捕えるための適応と考えられている。

見事!虫を捕らえたハエトリグサ君は・・・ 
・1日ほどたつと葉は完全に閉じられる
・トゲは逆に外に反り返り、葉の内側で捕まえた獲物を押しつぶし、
・葉から分泌される消化液でゆっくりと獲物を溶かす。
・およそ10日で養分を吸収し、
・葉はまた開いて獲物の死骸をポイ!
再び獲物を待つ。葉には寿命があり、一枚の葉が捕らえる回数は2-3回くらいである。
他の食虫植物同様、彼らにとっての捕虫はあくまでもオプション的な行為であり、捕食しなくとも生き続けることはできる。また、当然ではあるが、ハエ以外の昆虫も捕食する。


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リンクさせていただいている一花一葉byアツシさん、9月25日のブログでは食虫植物のセラセニアを花器にみたててます。美しいですよ。 
by mariko-sugita | 2006-09-27 06:58 | コラム column | Comments(3)
ピアノの思い出
ひとりっ子で自閉症気味だった私に母はいろいろな習い事をさせてくれた。
ピアノを習い始めたのは、バレエと同じ・・・3歳の頃からだったと思う。
最初は近所の小さな音楽教室。引越しをきっかけに、目白にある有名な先生のお宅に通わせてもらっていた。
先生のお宅は古い瀟洒な洋館だった。今もあるのだろうか?
もし残っているとしたなら美術館か、ナントカ記念館。といった類になっている方が、より自然に思えるような建物だったと記憶している。
与えられたソナチネの楽譜は、それまでの赤や青の表紙ではなく、あの憧れのモスグリーン色の楽譜だった。
大人の楽譜。音符がとても小さく感じたのを鮮烈に覚えている。
表紙には監修 平田○○と先生の名前が印刷されていた。

ご夫妻それぞれがピアノの先生で、奥様は子供達を、ご主人はプロのピアニストや音大を目指しているような優秀な生徒たちを教えていた。
敷地の中に小さな洋館の離れがあって、そこは奥様のもとへ通ってくる生徒の為の建物となっていた。
ミシミシと大きな音のするウグイス アヒル張りの階段を登った2階の先に待合室があって、その奥にレッスン室があった。

そのドアを開けること、それは今思うとステイタスの象徴だった。
ギィーと重いドアを開けると、必ず母親と小さな子供が何組か、今稽古してもらっている子供の曲の楽譜を開いて、熱心に目で追っていた。
そこは、親も子供と同じ楽譜を持ってくるように指導していたから、きっと親の殆どがピアノを弾くことができるような家庭だったのだろう。

私はそんな時はそこで何をしていたのだろう?
??覚えていない・・?? 
けれど、母が無理して同じ行動をとってくれていたことは覚えている(笑)
後に母は、三味線の三線譜を五線譜に書き直したり、その逆をやったりして、
当時でも貴重な三味線写譜屋業?で、父が亡くなったあと、結構な高額アルバイトになっていたというから・・・尊敬!

あの頃、大先生と奥様はお幾つでいらしたのだろう。
姿もアップにした銀髪も、声も、言葉使いも、幼かった私の目にはすべてが夢物語。そう、正に夢心地。
古い映画の場面のように・・・素晴らしく美しい老夫婦だった。

ところが、私はそんな環境だというのに
ピアノの前に座ると!!!  寝てしまうのだ!!!
催眠術にかかったように、あっという間に、熟睡タイムに入るのだ。

大好きな先生なのに・・・
毎回、必ず・・・ ピアノの前で船を漕ぐ。白河夜船の木偶人形。

母は、レッスン室の後ろの 付き添い用の指定された椅子に座り、楽譜を開いて小さくなっていたらしい。
あまりに申し訳ないので、何度も 「もう やめさせます。」と言ったそうだ。
でも、先生は
「いいんですよ。寝ていてもちゃんと音楽は入っていきますから、大丈夫ですよ」
そう、おっしゃって、1本1本、私の指を鍵盤に持ってゆき、ピアノを弾かせ続けてくださったのです。
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待合室の親子も、1時間、ショパンじゃない「雨だれ」を聴かされて、気の毒に。。。

そして、教えてくださった先生はマリアさまだ。

もし、あのままピアノをやめることになっていたら、
というか、あの卓越した先生じゃなかったら、間違いなく私の人生は変わっていただろう。
そう思うと恐ろしくなってくる。 
お医者様と教育者は本当に疎かに考えてはいけないと思わざる得ない。
現実、私は睡眠学習のお手本のごとく、上野の文化センターでの発表会で
「幼稚園生でも、これだけ(寝ていても)弾けるようになります。」と特別に大先生のコメントが入った程に、
ピアノの音は頭の中に入ってくれていたのだから。

先生が病気になられて、私は暫くして武蔵野音大の付属音楽教室に移り、
仏子の山の中に通うのがイヤで、国立音大の付属高校に入ってしまったのだが、
ひょっとしたら?才能あるのかしら?という期待は、幼稚園のあの時がピークだったようです(笑)
ただ、ピアノの前で眠くなるという才能は開花して、
のちに、都合が悪くなると眠くなる という進化を遂げたのでした。
by mariko-sugita | 2006-07-13 02:05 | コラム column | Comments(4)